お願い、いたします。どうか、あの人を、お許しくださいませ。あの人は、そりゃあ、悪うございます。
昔から、粗暴で、配慮に欠け、みづからの意思のためならば、信念のためならば、いかなることもいとわない人でございます。
けれども、けれども。あの人は、たいへん粗暴ですが、みづからの意思だけは、信念だけは、お守り申し上げております。
それだけならば、あの人ほど頼りになるお人もございませんでしょう。あの人は、こころの底から、おのが信ずるものへ、必死だつたのです。
ああ、なんと不器用でいぢらしくいとおしいお人でありましょう。ですから、どうか。あの人をお許しくださいませ。
あの日の朝、あの人は、ふらりとわたしの元へ来て、わたしの名前を何度も呼ぶのです。
「佳代子、佳代子・・・」と呼ぶその声は、いつにもなくはかなげで、わたしは不安になりました。
どうなされました、とこちらがどれだけ問うても、あの人は返事をするけはいもなく、ただわたしの体をきゅうつと抱きしめたままなのです。
「佳代子、おれは、今からあのお方をお救いするのだ」とあの人が言うので、わたしは、「それは、よいことでございます」と答えました。
あの人は何度も何度も、「あの人はかわいそうなお方なのだ。おれたちが、あのお方をお救いせずに、この国が腐つていくのを止められはできないのだ」とくり返して、
その度にきつくわたしの体を抱きしめました。ああ、あの人のぬくもり。いまだに、この体が覚えております、あの、血が通つた優しいお人のことを。
みづからの敬愛する君主のために体を翻したあの人を。それを、あなたがたはどうして裏切り者と呼ぶのですか。あの人は、すべてすべておのが君主のために行動したのです。
それのどこが、裏切りでありましょうか。愛国者の鑑のような人物でございましょう。
お願いいたします。あの人をお許しください。わたしの、この、あの人がつややかでうつくしいとお褒め下さつた髪を引き換えに、
あの人のお命だけは、どうかどうかお助けくださいますよう。あの人は何ひとつ間違うたことはいたしておりません。あの優しき乱暴者を、愚かな愛国者を、お許しくださいませ。
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