世界が軽く2周して、真っ赤な日が俺たちの頬を照らした。



ああ、ほら、きれい! とはしゃぐこいつの隣に座ったまま、俺はぼんやりと今は朝焼けだったか夕焼けだったかを考えていた。 どうも、太陽はそのぴかぴか無駄に光る中年親父のおでこのような輝きの面積を増やしているため、朝焼けらしい。


今まで考える事をしていなかったかのごとく、俺の頭には次々と質問が浮かび、それらは脳の中で消化されていった。 何で俺たちここにいるんだっけ、とか、いつからここにいたんだっけ、とか、昨日の晩飯は何だっけ、とか。 マイブレインは久し振りにフル回転してくれているようだ。朝焼けの力ってすげえ。今度から早起きしよう、出来る限り。


俺とこいつの目の前には海が広がっていて、それが昇ってきたばかりの紅の太陽に照らされて赤のようなオレンジのような、不思議な色に染まっていた。 海に掛かる透明な網がゆらゆらと揺れて、形を作っては崩れていく。その下で活動を始めたはずの動物たちの影は見えなくて。海って不思議だ。 いや、水が不思議なのか? でも今俺たちの真上でどんどん上へと昇っている太陽もその原理は多分どんなお偉い学者さんにも分からないのだろうと思ったから、 総じてまとめて自然は不思議だ。うん、これでいい。


隣を見れば、こいつはまだ朝日を見て目を輝かせていた。こいつは飽きないのか。

先程から俺は随分まとまりの無い事を延々と考えているらしく、もう序盤脳を支配していたものの正体が分からなくなっていた。 新しい順から思い出していこう。こいつは飽きないのか。太陽が眩しい。自然は不思議だ、そうだそういう事を考えていたかもしれない。 しかし俺の脳はそこまで記憶するのが精一杯と見えて、そこからは最初に見えた朝日の神々しい輝きが目の奥のスクリーンを陣取るだけだった。


ああこうやって俺の、否俺たちの脳は普遍的に物事を記憶して、そして忘れていくんだろう。 今俺たちが並んで見ているこの自然の神秘さも、今隣に座っているこいつのきらきら純粋に光り輝く瞳の色も。そう考えると少し寂しくて、少し、空しく、なった。


こいつが始めて俺の方を振り返った。大きな茶色の混じった黒い瞳が俺の目を捉えた。そうか、こういう色だった。ほら、俺は忘れかけていたのだ。


それを知ってか知らずか、こいつは意味も無く(おそらくそうなのだろうと俺が推測したに過ぎないが)にへらと笑って、 その小さな手で俺の髪を撫でて、頬を撫でた。薄桃色の爪が綺麗だと思った。しかし、急に海の方から少し冷えた突風がやってきて、 俺の頬に残る小さな指の感触を拭い取ってしまった。先程撫でられた髪もぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回された。畜生風め。 俺の少し(こいつに言わせると「かなり」らしい)長い前髪が目にかかって、邪魔だった。切りに行こう前髪。 こいつが見たら、切っちゃったんですかー? なんて、少し俺を後悔させるような言葉を言った後に、それも似合ってますよ、と笑うだろう。 悪くないなそれ。切りに行こう。こいつは俺を見上げて笑っていた。その目がほんの少し茶色が混ざった黒色だって事を俺はまだ覚えている。 そして多分これからずっと、俺は覚えている。今見ているこの太陽も、水に映る光の網も。ずっとずっと覚えていたい。





ああ思い出した、1番最初に思ったこと。今は朝焼けだ。





a morning glow; the glow of the predawn sun