なんで生きているの? と聞かれ、困った。そういう問いは考えてみたことがない。なんででしょうねえ、と真剣に考えたわたしを見てその子は不思議な顔をした。こわいものでも見るかのような。おまえ、きもちわるい。そう言い残して、その子は部屋から出ていった。そのことを彼に話した。
「わたし、なんで生きているんでしょう」
「なんでって」
彼は焦点の合っていない目でわたしを見た。いつだって、そう。彼の目は夢みがちで、けっしてわたしに像を結ばない。なんで、生きているのかは、かいもく見当つかないが。
生きている限りは、この人の顔を見ていたい、と思う。わたしの背後にそびえているであろう虚像を彼は見つめる。じっと。まんじりともせず。時計の音。ちくたく。
「そりゃあ、おれが生きていてほしいからだろ」
疑問をはさむ余地もなく、断定形で。彼はそう言った。わたしは、ぱちくりと目をしばたかせる。わたしの目は、彼に照準を合わせる。いな、合わせてしまう。彼にしかピントが合わないのだ。さっきのあの子にも、どんなにんげん、有象無象にも。
「じゃあ、わたしはあなたのために生きているのですか」
「うん。おまえのいのちはおれのもの」
おっけい?
彼が首をかしげて聞いてくる。わたしは大きくはっきりと、虚像しか見えない彼にもわかるように、うなずいた。夢みがちな瞳は今日もどこかをぼんやりと追いかける。そんなあなたをわたしは追いかける。走る。走る。そのうち消しゴムみたいにすり切れて、なくなってしまうだろう。うっとり。わたしは、あなたのために生きている。いつ、消しかすになって消えてしまうかはわからないが。生きている限りは、この人の顔を見ていたい、と思う。
2012/02/27